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 先ほどまで暑くてたまらなかったのに、この屋敷に入ってからは、嘘のように寒い。

 空気が冷たかった。
 またもや重たいドアに、私は手をかけた。雰囲気的には、コンサートホールの扉のような。あまりに重たいので、動画は止めて、機能性も数もほとんどないポケットにスマホを突っ込んだ。
 暗闇に徐々に慣れてきた目は、ある程度、内装に対する認識が可能になっていた。
 縁にツタのような模様のある赤い絨毯が一面に敷かれた大きな部屋。最後の晩餐に描かれているような、 ─それは誇張しすぎだが─ 八人程度は座れるであろう長いテーブル。撮影スペースだろうか、左手側の壁際には、多くの椅子が散りばめられている。ロビーで見たいくつかの家族写真は、ここで撮られたものなのだろうか。
 そして、なぜか内観を壊すほどに真っ黒なカーテンで締め切られた窓のすぐそばには、ソファがひとつ。
 足は勝手にそちらに向かう。ソファには、大きく、歪な黒い塊があった。機材のようである。
 が、どこか不思議だった。横に突き出した二つの大判カメラのようななにか。そして上部にも、おかしな角度にうねった二つ。こんなもの、ソファの上に直に置いてもいいのだろうか。ダメだろう。素人の私でもわかる。
 ところで、どうしてこんな形に……。こんな狂った設計、私の限りある知識の中では、見たことも聞いたこともなかった。いや、部屋が暗くて私が見間違えている可能性もある。なんというか、一種の化け物みたいな。
 ふと妙案を思いつく。かぶさっているように見える、この布を取れば、全体像が見えてくるのではないか。
 暗闇、訝しんで顔を近づける。展示品に触れないでください、の注意書きがないのをいいことに、好奇心のあまり手を伸ばしてみようとしたタイミングで、衣擦れのような音がして、思わず手を引っ込めた。広い部屋にそれは小さく響く。どこからだろうか。後ろを振り返るが、なにもない。背後を誰かがつけてきているのだろうか。
 想像してゾッとする。
 スマホのライトで照らしてもなにもない。誰も、いない。
 胸を撫で下ろして、安堵の息とともに正面に向き直った瞬間、私は気絶しそうになった。
「……だれ」
 ついさっきまで背の低いソファにあったそれは、離れ気味に腕を伸ばしかけた私の目線のすぐ下にあった。カメラはまるで威嚇でもしているかのように、私の頭上まで伸びて、すべてがこちらを向いていた。視覚は不明瞭なのに、それだけは間違いない。
 やっぱり化け物じゃないか。
 か細い、無理にしぼり出したような声は、どう考えても私の正面から聞こえた。
 
 たぶん、カメラが喋った。 

 

曖昧未異  

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