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 不意に静寂が訪れる。
 金縛りにあったように動けなかった私は、とりあえず、部屋に光がないと圧倒的に人間側が不利であると悟り、なんとか動いた足で静かに移動して、カーテンを開けようと試みる。その間、どこから見ても目が合う絵画のように、四台のカメラがうねうねと私にレンズを向け続ける。
 カメラに魂をとられる、なんて迷信、あったような、なかったような。
 もしかしてこのまま死ぬのかな、とぼんやり思うが、勝手に入った私が悪い。受け入れるしかない。
 決して、死に無頓着なのではない。好奇心が猫を殺すターンがやってきただけだ。
 いまのところ、化け物が襲ってくる気配はなかった、勢いでしゃっと音を立てて開けたカーテンから、ほんの少し光が差し込む。
 そうだった。
 この屋敷、木々に囲まれているせいで、大した光量を期待できないのだった。
 しかし、私がその化け物を視認するには充分の木漏れ日だった。
「え……」
 思わず声が漏れた。
 カメラには、細くて心もとない脚があった。三脚のような脚ではなくて、人間の脚。これだけの数のカメラを、よく支えているものだ。もしかしてカメラは自立していて、浮遊でもしているのだろうか。
 じっと見ていると、そのまま、本体と思しき部分は、ゆっくりと空になったソファの隣、窓際に立つ私に向く。
 黒い布の下には、真紅のプリーツワンピースが見える。
「女の子……?」
 返事はない。
 女の子の姿をした化け物、のようであるが、どちらかというと、取り憑かれているような。
 突然また声が聞こえた。訂正しよう。声はカメラのものではなく、少女のものだった。
「不法、侵入……」
 口元だけが小さく動く。掠れて、喉はろくに使えていないようだった。ときどき、小さく咳き込むようにしている。
 そして、目線は合わないのに、まっすぐにこちらを見つめているような凄みがあった。その目は固く閉じられていて、瞬きすらもしなかった。
 霊感はないが、瘴気や妖気とも違う、人とも違う、感じたことのないオーラが部屋中を覆っている。
 合点がいった。この館の主だ。間違いない。
 しかし、こんな少女が、どうして一人でここに……? 
 とりあえず正解なんか私にはわからないのに、高速回転する脳の思考を断ち切ろうと首を振ると、カメラの少女はこてんと首を傾けた。
 動作の一つ一つや、短く切られた前髪、小さな眉が幼さを演出するが、おそらくあまり歳の頃は私と変わらない。大人の女性としての雰囲気が混在している。
 だが、確かにわかるのは、この時代の人間ではないことだ。
 彼女の持つ空気感が、そう伝えていた。
「……えっと、人生何年目ですか?」
 意味のわからない私からの唐突な質問に、彼女は眉根を寄せて、しばらく考える素振りを見せた。熟考の末、小さな口もとが告げた。
「……はっきりと、わから、ない、けど……」
 百年、くらい……。
 と彼女はぼそりと言った。
 そっかあ、大先輩かあ。と私は間抜けな声で返事をする。
 じゃあこの百年のあいだ、何人かの魂抜き取ってるんだろうなー、怖いなー、帰ろうかなー、と、ひとりでに想像する脳みそからの伝令で、またもやこそこそと移動して逃げようとする様子のおかしな人間を、彼女は呼び止めた。
「まって……。いかないで……」
 しまった!
 これは、新手の殺害予告なのかもしれない。

​曖昧未異  

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