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​星の音が落ちる。

 ──恐る恐る、赤い屋根の廃墟へと足を踏み出したのです。
 ──中にはほんの少しの光が差し込むだけで、足元は暗く、おぼつきませんでした。
 ──見えるものと言えば、光に照らされて宙を舞う埃くらい。
 ──ただ、音だけがずっと、聞こえるのです。
 ──カシャ、カシャ、と。
「ああー、ちょっともう、もうやめてくれ……、あれだろ?」
 入ったが最後、扉が開かなくなって閉じ込められて、だけどどうしようもないから家の主人を探して、ってしてるうちに完全に迷い込んで、館に住み着く幽霊に追われて、肉体を奪われかける、みたいな、よくあるやつ!
「てか俺が怪談苦手なの、知ったからってそんな追い打ちかけんなよ……」
 身震いの止まらない年下男子というのは、からかいがいしかない。イヤな趣味であることは重々承知だが、少し前、この世に生まれたときからこういうたちなのだ。人が物語に触れる瞬間というのは、常々おもしろい。
 ちなみに、まったくもってボクは、ホラーなんて語るつもりはないのに。ボクの出したアールグレイが、異様なほどに波打っている。
 ──で、そこになにがいたと思う?
 手元が狂いそうでソーサーに置こうとしたのであろうカップが、うまくくぼみにはまらずに、カタカタと音を立てた。
 顔の半分だけ引きつった目と口は、苦笑いの早口で言う。
「廃墟を根城にしてる、半妖、とかだろ? それか、人間でいられなくなったせいで、何百年も閉じ込められたままの怪物とか…………」
 怪談が苦手だと言うわりには、その手のジャンルの知識はある程度あるようだった。人にバレてはそのたびにからかわれ続けているのだろうか。とも思ったのが、これはどうやら、自身で苦手を克服しようとホラー映画DVDのあらすじを読んではそっと表紙を机とにらめっこさせて伏せるタイプ、だと推測する。えらい、えらい。
 ──実際に、見てみる?
「なんで急にそんなフレンドリーなんだよ、余計に怖いんだけど…………。え? てか実際に、  って、どういう、え? 俺もしかして、今ここに、閉じ込められてるってことか……?」
「想像力が非常に豊かだね、少年よ……」
「帰れるよな? 帰れるのか? マスター、マスター! 助けて! 怖いって! 無理!」
 当然、彼が呼ぶマスターがここにいるはずはなく、無駄に広い部屋に声ばかりが反響する。
「帰れるよ? 怖かったら帰ってもいいよ。今日たくさん話せて楽しかったし、すごく満足」
 ボクが滅茶苦茶な提案をすると、彼は脚の折れかけた椅子から思い切りよく立ち上がり、ボクに、
今日はありがとうございました! 時速九十キロの礼をして、くるりと身体をひねった。
 つかの間の静寂。
 息を呑む音。
 彼の目の先にあったのは、この部屋を訪れたときは、ただの四台のカメラだと思われていた、布をまとったヒト。
「うわっ」
 腰を抜かした二枚目で歌上手の彼の声は、あろうことかひっくり返っている。うわーうわー、としか鳴かない生き物のようになった哀れな彼に、ボクは同情する。
「それね、うちの、カシャカシャの正体」
「え、えー、え……えー、聞いてないんですけど、怖い、こわっ、怖いけどこの人なにもしてこない……」
「…………この子……、ずっと、なに、言ってるの……」
 首を傾げる、目を閉じた彼女は、廃墟を根城にしている百何年と生きている、おおよそ半妖のような存在である。
「ハルトくん、ビンゴだね。モコ先生は悪いことしないから、仲良くしてあげて」
 握手の代わりだろうか、置物のようになっていたカメラの一台が、うにょん、と動いて、倒れ込むハルトくんに近付いた。
「……ねえほんとに、ほんとになにも、なにもしないんですよね!?」
「大丈夫。こわくない、から……」
 説得力のない掠れた声で、彼女は囁くのである。
 ボクはハルトくんの後頭部ばかりを見ているけれど、モコ先生はそのカメラ越しに、いったいどんな顔を見ているのだろうか。

出演:星音ハルト・今井ミイ・曖昧モコ

​※当作品は自己解釈で書かれた非公式作品です。『ほしねっと』公式設定ではありません。

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